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  1. 原子力発電の問題・デメリット

    4月 27, 2012 by 保険ブロガー

    今回はいつもとはちょっと変わって、原子力発電の問題やデメリットに触れている意見を二つほどご紹介します。

    一つ目
    原子力発電には反対です。万が一でもあってはならない事故が起きたのに、それでもなお原子力に頼ることを肯定しているのが理解できません。供給電力の不足、そこで働いている人や、原発がある地域の経済への悪影響、開発にかかった資金が無駄になる…そのような事情があるのも分かります。

    でも私は反対です。

    原発再開を推進している人たちは、放射能に汚染された土地や、被爆で病気になった人々、壊された生態系のことをどう思っているのでしょう。破壊してしまったその全てに対して責任がとれる人も組織もいないではないですか。被害者、被災地の救済ができないのに原子力発電の続行を考えるべきではありません。

    「原発は必要である」というまっとうな理由をいくつも掲げ、まだ被害に遭っていない部分にスポットを当ててキレイごとを言うのはやめてほしいです。

    二つ目
    今回の原発事故は、現在の私たちの科学技術のレベルでは原子力発電は到底制御できるものではないということを如実に示しました。そして、一度事故が起こるとその影響は人間の生活のみに留まらず、野生動物や自然にまで及びます。

    本来人間は豊かな自然や多種多様な生き物達がいなければ生きてはいけない存在です。そのような大切な自然を、場合によっては数万年に渡って悪影響を及ぼす放射能汚染というリスクを負ってまで原子力発電を利用することには私は絶対に反対です。

    以上となります。
    更に詳しい情報を知りたいという方はこちら(→ http://el.3qset.com/nuclear/3.html )をチェックしてみて下さい!


  2. 地震の体験

    4月 8, 2012 by 保険ブロガー

    地震の体験といえば、やはり去年の巨大地震が一番印象的でした。あの時私は自宅に居ました。パソコンで作業していました。揺れの最初の内は大した事が無いかなと思っていました。その内なにか異様な大きさを感じ、とりあえずベッドに避難しました。場所は東京23区。震度5弱だったそうですね。5でもとてつもない揺れで、実際には震度6にも感じましたね。あれは本当に5だったのか、今なお疑わしくなります。

    この世の終わりかと思いました。同時に、ここで死ぬのかとも思いました。高いところにあったパソコン用プリンタが落下。しかし命の方が大事なので気にしていられません。何もできず、待つしかありませんでした。長い時間が経過し、ようやく揺れも収まってきました。家に生き埋めにならずに済んだので、良かったと思いました。しかし安心はできません。そもそも窓は開くのでしょうか。水が漏れたりしていないでしょうか。火事は大丈夫でしょうか。

    色々と確認をしたかったので、とりあえず部屋の外に出てみましたが全ては無事でした。しかし近くの広場でものすごい人数の人が集まっており、動かないようにしていたのが印象的でした。家族に連絡を取りたかったのですが、電話は話中の音がするばかり。意味がありません。携帯のメールを送信してみたら、連絡が取れました。家族全員無事だったのが不幸中の幸いでしたね。


  3. 東北地方太平洋沖地震の影響

    4月 5, 2012 by 保険ブロガー

    2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震の影響は都内一帯でも過酷な物でした。電車などのライフラインはストップし道路では我先にと帰路へ向かう車の渋滞や停電など日常生活では垣間みる事のない光景が広がっていました。

    当日、5階建ビルの4階のオフィスにいた私が大きな揺れを感じたのが午後3時ごろで初めは『すぐ、揺れは収まるだろう』と思っていましたが、揺れがひどくなるにつれ、これはただ事ではないという気分になりデスクの下に隠れただ揺れが収まるのを固唾と待っていました。やがて揺れが落ち着きデスクから離れオフィスを見渡すと散乱した書類、なぎ倒された棚がひっくりかえっている。生まれてこのかた一度も経験したことがない地震による災害を目の当たりにした瞬間でした。

    テレビなどでは国内外の大地震よるその被害については認知しているつもりでしたが実感としては雲を掴むようなものでしかなく何か遠い世界の話の様な気がしていました。しかし、直に大地震を経験してその過酷さが実体験となりただただ唖然とするばかりでした。学校や会社などで定期的に行われる防災訓練の重要性を痛感しました。備えあれば憂い無しと言いますがまさにその通りであると感じます。

    これまでは、来るか来ないか判らない災害のための防災訓練に参加する時、ある種なげやりな態度で取り組んでいましたが、この大地震を経験した物として災害に直面した際、適切な判断を下せる様防災訓練等に真摯な態度で臨んでいきたいと思いました。

    また、地震保険への加入も欠かせないなと思いました。費用の相場などに詳しくなかったので、調べたところこのページがヒットしました。恥ずかしながら知らなかったのですが、地震保険の保険料はどこも一緒なんですね…。


  4. 場所によって異なる地震

    4月 1, 2012 by 保険ブロガー

    私は、20年を広島、7年を東京、そして15年たった現在四国に住んでいますが、やはり、一番地震を経験したのが、東京にいたときでした。
    たしか、あんまり覚えていないのですが、一年間で地震があった回数は10回あるかなかったか、それ以上の年もあったんじゃないかと思います。

    一番怖い思いをしたのは、東京に住んで2年目の2月だったでしょうか?夜の2時でした、もちろん寝ていました。その時にものすごく揺れて目が覚めました。その時、ちょうど棚にシャンプーを置いてあったのが突然、頭に落ちてきて、はっきりいって慌てました。揺れが、1分くらい続いたんですかね。もう、怖くて何もできませんでした。

    慌ててテレビをつけてみると、震度4というふうに出ていました。最初は、「何だ震度4だったのか、たいしたことないじゃん。」と思いました。でも、どうしてあんなに揺れたのか考えたところ、自分が住んでいたところは、車が通ってもすぐガタガタ揺れるところだったのです。要するに地盤がゆるかったんですね。これは、自分の推測ですが、実際の揺れは実質上震度5はあったと思います。しかし、あの地震が正味震度5だったら、絶対何か起こっていたような気がします。


  5. 恐かった東日本大震災

    3月 27, 2012 by 保険ブロガー

    昨年の東日本大震災の時は恐かったです。ついに来たかと思いました。ちょうど家の廊下にいましたが、まったく歩くことができませんでした。揺れがずいぶん長く続いたように思います。2階の自分の部屋では、本が散乱していました。しかし、いったい何が起こったのか分からない状態でした。テレビをつけてもまだその事態の深刻さは分かりませんでした。

    東北の方々の状態が分かるまで少し時間がかかり、それまで自分の周辺のことで精いっぱいでした。会社から自宅まで歩いたという兄や友人。メールが届いたかと思ったら、その後まったく通じなかったりしました。その後ずっとテレビにくぎ付けだったのを思い出します。

    自分にできる事は何かと考え、すぐ募金をしました。実は怪我をして入院していたので、ボランティアなどをする余裕はなかったのです。ただただ資金的な援助しかできなかったのです。

    しばらく余震が続き不安な日々を過ごしました。以前に買ってあった緊急避難袋をいつも手元に置き、安全な部屋で寝ていました。1ヶ月以上、それが続いたように思います。いつもの食料品もスーパーからなくなり驚きました。足が悪いので、ヘルパーさんに遠くまで行って買ってきてもらいました。

    あれから1年。地震が起きたばかりの頃は様々な施設が営業を停止していました。東京ディズニーランドや東京ディズニーシーも例外ではありませんでした。液状化にも悩まされていたと思います。ただこういったページを見る限り、現在はかなり客足も戻ってきている見たいです。

    今はどこで地震が起きても不思議ではありません。もう少し備蓄をしなければと考えている今日この頃です。